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八幡山路踊りクラブ

 婦人会解散後「山路踊り」が伝統文化ということから、その世話を教育文化部がするようになって、毎年踊り手を募集するのに苦労していました。
 八幡地区は、これまで夏まつりの前だけ1、2回練習をして参加するのみでしたが、八幡以外の他地区(森、塚脇、北山田)は、毎月「山路踊り」の練習を定期的にしています。このままでは、今の出演者が高齢化のため、これから先、出演者が確保できるか心配です。

 以上の経緯から、関係者で話し合い、八幡地区でも「山路踊りクラブ」を開設し、踊りが難しいと敬遠されている「山路踊り」を定期的に練習していった方がいいのではないかということになり、思いきって「山路踊りクラブ」を開設することにしました。

 八幡の地でも、子どもたちは無理かもしれませんが、出来るだけ、若い方たちの参加が増えてきて、玖珠の優雅な郷土民芸「山路踊り」を継承していけたらなあ……と願っています。

 練習の合間に、お茶飲みやおしゃべり等、会員の親睦を図りながら、山路踊りを中心に輪踊りや健康体操等も取り入れ楽しく踊っています。


 役 員  代表:梶原千秋
★ 会 員  10名(うち2名は指導者)
★ 開催日  毎月第2土曜日 19:30より21:00まで
★ 場 所  八幡の郷サンホール
★ 会 費  会費500円(会場使用料として)
★ 申 込  代表まで(八幡・古後問わないので、ぜひ御参加下さい)

山路踊りとは

山路踊りの起源
 通説では森藩八代藩主の久留島通嘉(1787生-1846没)が江戸から召し連れてきた御部屋様によって伝えられたといわれているが、これを裏付ける資料は、現在見つかっていない。それ以前から通嘉の寵愛していた”老猿の歌”を奥女中が謡っていたもの等の諸説がある。

山路踊りの復活
 それがいつしか忘れられ、昭和10年(1935年)頃、森町女子青年団によって再び踊られるようになった。これが「正調山路踊り」といわれるものである。しかし戦争で忘れ去られてしまう。
 戦後、森町議会議員園田ハルエによって復活の提案がなされ、昭和25年(1950年)の第1回日本童話祭にはメインイベントとして、「山路踊り(数え唄)・酒宴づくしの唄」に合わせて正調山路踊りが披露された。

保存会の結成
  また昭和35年(1960年)10月15日には、保存会が組織され、同38年(1963年)に家庭舞踊家の千葉氏が来町し、時代に沿って一般の人々が踊り やすく親しみ易い、「新山路踊り」を作成した。現在では、「正調山路踊り」を踊れる人は少なくなり、「新山路踊り」が主流である。

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玖珠町指定無形民俗文化財(平成11年8月27日指定)

8月11日の童話の里夏祭りで山路踊りを披露しました。

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